ロビン「構わない」

ニコ・ロビン「構わない」

ロビン「構わない」 

アイスバーグ「その為なら、世界がどうなろうと構わねェってのか?」

ロビン「構わない」

 

北野武「残酷な言い方をすれば、大事な人が生きていれば100万人死でもいいと思ってしまうのが人間なんだよ」

 

東日本大震災から5年。そして、熊本の震災でも多くの方が被災され、今現在も戦っている皆様には心からお見舞い申し上げます。

 

今回は、ウォーターセブンでのロビンとアイスバーグのやり取りから。

ロビンは、自らがCP9に従わなければ、麦わら一味にバスターコール(国家戦争級の軍事力による制圧)発動を下される事を知りCP9への服従を決意します。

しかしロビンがCP9に従えば、自身の命の危険はおろか、考古学者としての英知を悪用され、”世界を滅ぼす古代兵器”を復活させ、人類を滅亡させるほどの脅威を生むことになります。

この背景の元、ロビンとアイスバーグの間に、次のようなやりとりがありました。

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アイスバーグ
「じゃぁ、お前の”願い”ってのは・・」

ロビン
「私を除く”麦わらの一味”6人が、
無事にこの島を出航する事」

アイスバーグ
「その為なら兵器も呼び起こし世界が
どうなろうと構わなねェってのか?」

ロビン「構わない」

アイスバーグ → ナミ
「事もあろうに、全世界に生きる全ての
人間の命より、あの女は お前達6人の
命を選んだ」
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全世界に生きる全ての人間の命より、迷わずたった6人の麦わら一味の命を選ぶロビン。

このロビンのとった行動について、どのように感じるでしょうか?

作られた漫画の世界なので、現実味がないと感じるかもしれませんが、東日本大震災直後にビートたけしが語った“悲しみの本質と被害の重み”の記事を観て、今回のロビンの件を照らし合わせてみます。

〜〜~~記事抜粋(ビートたけし)~~〜〜
常々オイラは考えてるんだけど、こういう大変な時に一番大事なのは「想像力」じゃないかって思う。

今回の震災の死者は1万人もしかしたら2万人を超えてしまうかもしれない。
テレビや新聞でも、見出しになるのは死者と行方不明者の数ばっかりだ。だけど、この震災を「2万人が死んだ一つの事件」と考えると、被害者のことをまったく理解できないんだよ。

じゃあ8万人以上が死んだ中国の四川大地震と比べたらマシだったのか、そんな風に
数字でしか考えられなくなっちまう。それは死者への冒涜だよ。

人の命は、2万分の1でも8万分の1でもない。そうじゃなくて、そこには「1人が死んだ事件が2万件あった」ってことなんだよ。

本来「悲しみ」っていうのはすごく個人的なものだからね。被災地のインタビューを見たって、みんな最初に口をついて出てくるのは「妻が」「子供が」だろ。

一個人にとっては、他人が何万人も死ぬことよりも、自分の子供や身内が一人死ぬことのほうがずっと辛いし、深い傷になる。

残酷な言い方をすれば、自分の大事な人が生きていれば、10万人死んでも100万人死んでもいいと思ってしまうのが人間なんだよ。

そう考えれば、震災被害の本当の「重み」がわかると思う。2万通りの死に、それぞれ身を引き裂かれる思いを感じている人たちがいて、その悲しみに今も耐えてるんだから。
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全世界に生きる全ての人間の命より、大切な麦わら一味の命を選んだロビン。

大事な人が生きていれば、10万人死んでも100万人死んでもいいと思ってしまうのが人間なんだよ、とビートたけし。

ロビンのケースは、自己犠牲を伴うため、大きな感動を呼びましたが、大事な人を失うことの悲しみの中で、きれいごとなど通用しないのでしょう。

被災者家族の全員が、世界中を敵に回しても大事な人を守りたかった。

そんな想いが数万件もあったことから、「1人が死んだ事件が2万件あった」と語られる東日本大震災。

一人一人が、悲しみの本質と被害者の重みについての認識を高め、震災の記憶を風化させることなく、何か1つでも行動に変えて頂けたら、そしてH28年熊本震災の支援活動のきっかけにして頂けたら、幸いです。

 


 ↑おかげさまで、まずまずです。

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